ロシアワールドカップ

西野朗監督の経歴と実績から考察するサッカー日本代表のスタイルは?

ロシアワールドカップまで残り2ヶ月になり、出場国代表チームはワールカップ本番に向けて着々と準備を進めています。

そんな中、日本サッカー協会は大きな決断を下しました。

2015年から3年間チームを率いたヴァヒド・ハリルホジッチ監督を成績不振により解任し、後任に西野朗技術委員長が代表監督に就任しました。

現在西野代表監督は5月31日の代表メンバー発表に向け、精力的にJリーグの視察に動いています。

そこで今回は西野朗氏の選手・監督としての経歴を以下にて振り返りながらロシアワールドカップを戦う西野ジャパンの可能性について解説していきます。

日本人プロ第一号になる可能性もあった?

西野朗氏は1955年生まれの63歳。埼玉県立浦和西高校を経て早稲田大学ア式蹴球部(サッカー部)に入部します。

ポジションはMFで当時は高身長でイケメンかつ、テクニックに長けていたこともあって、当時は女性に大変人気がありました。

しかも学生時代に日本代表に選ばれたこともあり、いわゆる超エリートのサッカー選手でした。

しかし当時はメキシコオリンピックで日本代表が銅メダルを獲得してからのブームから遠ざかり、日本サッカーは低迷期の真っ只中にありました。

よって当然人気も長くは続きませんでした。

そんな中、学生時代の1977年に当時の日本代表監督、二宮寛氏がドイツ・ブンデスリーガの1FCケルンと親交があったことがきっかけで西野朗選手を含めた当時の代表選手が1FCケルンの合宿に参加しました。

その同僚メンバーの中に奥寺康彦選手も含まれていました。

1FCケルンは奥寺康彦氏とプロ契約を結び、ここで日本サッカー史上初めて日本人プロサッカー選手が誕生することになりました。

実は西野氏も運命のいたずら次第では日本人初のプロサッカー選手になる可能性もあったわけです。

当時の西野氏は『ドイツではテクニックではなく、スピードと体力が求められている。残念ながら私にはそれが足りなかった』と述壊していました。

マイアミの奇跡の立役者

1990年に現役を引退後、本格的に指導者への道を歩み始めます。

キャリアのスタートはU-20日本代表監督でJリーグのクラブでないところが日本サッカー協会の期待の高さを表していたといえるでしょう。

ちなみにU-20代表では惜しくも世界大会への切符を逃しましたが、1993年にアトランタオリンピック出場を目指すU-23日本代表監督に就任します。

1993年といえばご存知Jリーグ開幕元年。

そしてフル代表に目を向ければ、当時絶頂だった三浦和良選手を擁するオフト・ジャパンがアメリカワールドカップアジア最終予選で土壇場にて出場権を逃す、そう、ご存知ドーハの悲劇という日本サッカー史に残る出来事が立て続けに起こった年でした。

そんな中、日本のサッカーブームの灯りを絶やさない意味でも、28年振りのオリンピック出場を至上命題とされた当時の西野監督からすればとてつもないプレッシャーがのしかかっていたのは想像に難くなかったといえるでしょう。

結論として、西野監督は、キャプテンの前園真聖選手を中心に選手の持てる才能を最大限に活かすサッカーを展開し、見事28年ぶりのオリンピック出場権を手に入れました。

特に出場権の懸かった対サウジアラビア戦は未だ名勝負として語り継がれている程です。

そしてアトランタオリンピック本番。本大会ではブラジル、ナイジェリア、ハンガリーという難しい組に入ります。

この組み合わせ、ロシアワールドカップ本大会の対戦国とタイプ的によく似ていますね(笑)。

ここでも西野ジャパンは日本サッカー史上における快挙を成し遂げます。そう、マイアミの奇跡です。

初戦のブラジルは当時スーパースター揃いの優勝候補筆頭でした。下馬評ではとても叶う相手ではありません。

しかし西野監督は相手を徹底的に分析して、守備を重視する作戦を選択します。

その結果、相手のミスを突いて先制点を上げ、虎の子の一点を守りきる、正にジャイアントキリングを成し遂げました。

これは西野監督の分析の賜物と後に語り継がれる程の会心の勝利でした。

しかし次のナイジェリアに敗れ、ハンガリーには劇的な勝利を奪い、結果として勝ち点6を獲得しましたが、得失点差で予選敗退に終わるという何とも残念な結末に終わりました。

それでも28年振りのオリンピック出場で2勝したことは大いに評価されるべきですが、その後、当時の技術委員会から守備的な戦いとして酷評され、この評価が今後の西野監督の監督人生に大きな影響を及ぼしていきます。

Jリーグで数々のタイトルを獲得

オリンピック代表監督の任期満了後、西野朗氏は1998年に古巣柏レイソルの監督に就任します。

翌年にはいきなりナビスコカップを獲得。2000年には優勝こそ鹿島アントラーズに譲りましたが、当時は2ステージ制で年間獲得勝ち点1位という、実質優勝といっていいくらいの成績を残しました。

しかし2001年は成績不振に陥り、解任の憂き目にあいます。

ちなみに当時西野監督の元で師事した外国人選手には韓国代表の渋明甫選手、黄善渋選手、そして意外にもブルガリア代表の大物、フリスト・ストイチコフ選手がいました。

翌年2002年より今度はガンバ大阪の監督に就任します。

西野監督自身、ガンバ大阪はおろか関西とは全く縁のない正にゼロからのスタートとなりました。

しかしこれが幸いしたのか、Jリーグ開幕以降タイトルとは無縁だったガンバ大阪を上位に押し上げ、就任4年目の2005年にガンバ大阪と西野監督氏自身初のJ1リーグ優勝を達成します。

更に2007年にナビスコカップを制覇。そして2008年にはAFCチャンピオンズリーグと天皇杯の2冠を達成し、監督としての名声を高めていきます。

そしてハイライトは同年に開催されたクラブワールドカップ。

当時クリスチャーノ・ロナウド、ルーニーといったスーパースターを要したマンチェスター・ユナイテッドと壮絶な打ち合いを演じました。

3対5と敗れはしたものの、ガンバ大阪を世界中に名を広めた一戦として語り草になる程のインパクトを残してくれました。

そして2011年に契約満了を機に勇退。後にヴィッセル神戸、名古屋グランパスでも指揮を執りましたがいずれも優勝争いには絡めずに解任されます。

その後現在日本サッカー協会の田島会長のオファーを受け技術委員長に就任しました。

その後、ハリルホジッチ前監督のサポートに努めてきましたが、残り2ヶ月で田島会長は監督交代の決断を下し、西野氏が代表監督に就任して現在に至っています。

残り2ヶ月で西野監督が目指すサッカーとは?

まず西野監督自身は何時でもバランスの取れたサッカーを目指すと公言はしています。

しかしガンバ大阪を率いた頃のサッカーは一言でいえば『超攻撃的サッカー』『3点取られても4点取り返す』という関西人が好むイケイケサッカーとしてサポーターから高い支持を得ていました。

実際、コーチの駆け出しの頃はFCバルセロナへ視察しており、攻撃サッカーを志向していたのは間違いないでしょう。

さて、西野代表監督はワールドカップ本番でどんな采配・戦術で望むのでしょうか?

2つあげてみます。

守備システムは3バックを採用?

ハリルホジッチ前監督においては一貫して4バックを採用していましたが、西野監督になれば3バックを採用するかもしれません。

これはアトランタ五輪日本代表、そしてガンバ大阪でも3バックを採用していたからです。

3バックであれば途中形勢不利になればサイドバックを下げて5バックとして守備を固めることもできますしね。

もし代表で3バックを採用するのであれば真ん中はドイツのフランクフルトでリベロとしてプレイしている現キャプテン、長谷部誠選手が起用される可能性が高いのではないでしょうか?

攻撃陣は個の力を重視?

攻撃陣についてはハリルホジッチ前監督同様、個で打開できる選手を重宝するかもしれません。

なぜなら相手は全て格上で、攻撃サッカーを展開するのはさすがに無謀というもの。

予選突破を目指すなら、とにかく引き分けでもいいから勝ち点を積み上げて、混戦に持ち込むしか方法はないでしょう。

よって今回の代表メンバーとして予想されるのが個の打開力で定評のある宇佐美貴史選手、中島翔哉選手、サプライズとしてオランダでブレイク中の堂安律選手の招聘があるかもしれないですね。

あとハリルホジッチ前監督には冷遇されがちだった本田圭佑選手、香川真司選手、岡崎慎司選手を選ぶのかにも注目が集まります。

まずは5月14日に予定されている35人の代表メンバー発表に注目しましょう。

意外な一面

そんな西野監督ですが、少し視点を変えてプライベートな一面を紹介します。

西野監督自は御歳63歳ですが、頭髪は真っ黒で白髪が全く見当たりません。

普段から身だしなみもキチンとして白髪染めを欠かさないほど外見に気を使っていることがよくわかります。

確かに他の日本人監督に比べてやはりダンディズムが際立っていて、噂によると大阪・北新地の繁華街では常にモテモテだったとか…。

しかしながら、ガンバ大阪の監督に就任して間もなく少しでも関西になじみたいとのことで吉本新喜劇を楽しむといったお茶目な一面も目撃されています。

関西になじもうとする姿勢、そして攻撃サッカーを志向した西野監督に今でも敬意を表しているガンバ大阪のサポーターは多いです。

まとめ

以上今回日本代表を率いる西野朗代表監督にスポットをあててみました。

選ばれた経緯はさておき、過去の実績を踏まえれば岡田武史氏に次いで代表監督を任せられるのは西野朗氏において他にいなかったといえるでしょう。

ただやはりこのタイミングでの監督交代は納得がいかないとの想いは大多数のサポーターは持っています。

それでもワールドカップは待ってくれません。

もうそこはサポーターなら腹をくくって西野ジャパンを応援していこうではありませんか?

キャプテンは誰に任せるのか、どんなスタイルで戦うのか、見所は尽きないです。

まずは5月31日の代表メンバー発表を楽しみに待ちましょう。