柔道

山部佳苗はスランプから脱出で田知本愛の分までリオ金メダルへ!

スランプからの復活をとげた女子重量級の女王 山部佳苗

元々女子最重量級と呼ばれる78キロ超級の日本人女子の中では強豪に数えられ、今回のリオオリンピックに向けても代表候補の1番手から2番手に名前が挙がっていた選手です。

北海道出身者らしく、趣味はスノーボードなどのウィンタースポーツ。

大きな熊のような体格(女子にこれは失礼??)を駆使しての崩してからの払腰(相手を腰にのせて自分の横を泳がせるようにぶん投げる業)は、テレビで見てもわかる迫力のある投げ技です。

しかしこの山部選手、代表に選出されるまでの道のりは決して平たんではありませんでした。

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山部佳苗

プロフィール

出生地 北海道札幌市
生年月日 1990年9月22日(25歳)
身長 172cm
選手情報
階級 女子78kg超級
所属 ミキハウス
段位 五段

実績

世界選手権
銅 2015 アスタナ 

世界団体
金 2015 アスタナ 
銅 2014 チェリャビンスク 

ワールドマスターズ
銀 2015 ラバト 
銅 2016 グアダラハラ 

グランドスラム
金 2014 パリ 
金 2014 チュメニ 
金 2016 バクー 
銀 2013 東京 
銅 2010 東京

選定直前に陥った大きなスランプ

彼女がスランプに陥って自分を見つめなおす必要性に迫られたのは、なんと選定会が迫った今年に入ってからでした。

元々この級の注目選手として日本でも、そして世界の中でも注目されることが多い山部選手ですが、なんと2016年2月にパリで開かれたグランドスラム(柔道の国際大会)において地元選手に対して敗者復活にも回れない初戦負けをしてしまったのです。

この時の精神状態について山部選手は、毎回の試合で、ここで失敗してしまったらもう代表に選ばれなくなってしまうという恐れを抱えながら戦っていたと語っています。

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周りからの評価、そして過度にかけてしまった自分へのプレッシャーに押しつぶされてしまっていたのです。

恐らくは、この時のグランドスラムパリだけでなく、それ以前から彼女がずっと戦っていた彼女の弱点でもあったのかもしれません。

とりわけ大きな目標としていたリオオリンピックの存在までも、この時にはただ単に無用なほどのプレッシャーとして彼女に襲い掛かっていたのでした。

この時に彼女はひたすら練習に打ち込むことのほかに、まず自分自身の弱さを知るという対処法を用います。

メンタルトレーナーの著書を読んだり、周りに自分の気持ちを打ち明けるなどして自分への過度の期待を取り除き、そして弱さと正面から向き合うことによって彼女の武器である試合の時の攻撃性を取り戻してゆきます。

恐れにかられて消極的、また逃げの姿勢になってしまっていたことに気づいたのです。そこから、選定までの彼女の逆襲につながっていきます。

ライバルとの大一番

その後、四月に行われた全日本選手権で彼女は、同級の最大のライバルでありオリンピック候補の一番手とも言われていた田知本愛選手と決勝で勝負します。

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この時田知本選手は試合中に左ひざを負傷、賛否両論上がる方法ですが山部はその負傷箇所を攻めて寝技一本を取り、見事全日本選手権で優勝してみせます。

「相手がどうなろうと手段を選んではいられない」と試合後に語った通り、目標を達成するためにひたすら勝負に徹する姿勢を見せたのです。

後に行われた選考会では、それでも山部と田知本の間で話が割れましたが、結局はこの時の優勝が大きく評価され、山部がリオへの代表に選ばれたのでした。

世界ランキングでは同級の中で7位と、上を見ればまだ世界の他の選手たちが並んでいる状況ですが、持ち前の攻撃性、そして時に勝負師として見せる厳しい姿勢を、オリンピックでもいかんなく発揮して金を狙っていってほしいものです。