体操

山室光史は骨折の雪辱をリオで!学校へ行こうにも出演で筋肉スゴイ!

ロンドン五輪決勝で骨折してから4年の山室光史選手、その雪辱をリオ五輪で!

2012年、団体決勝の跳馬で高難度技のロペスに挑んだとき、着地で左足を骨折した山室光史(やまむろ こうじ)選手。その後の種目の棄権を余儀なくされるという事態へ。

銀メダルという結果に対して、チームに迷惑をかけたという自責の念を抱えていました。あれから4年。リオ五輪へ向けて奮闘しています。

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山室光史

プロフィール

生年月日 1989年1月17日(27歳)
出身 茨城県古河市
身長 158cm
体重 58kg
所属 KONAMI
学歴 埼玉栄高校→日本体育大学

実績
オリンピック
銀 2012 ロンドン 団体総合
世界体操競技選手権
銀 2010 ロッテルダム 団体総合
銀 2011 東京 団体総合
銅 2011 東京 個人総合
銅 2011 東京 つり輪

体操を始めたきっかけはテレビだった

1989年1月17日茨城県生まれの山室選手。体操を始めるまではサッカーをしていました。

ちょうど小学校2年生の時にテレビでオリンピックの体操競技を観て、漠然と体操をしたいと思ったのがきっかけで体操の世界へ。

このときに両親が日本体操協会に電話をして、真剣に探して見つけてくれたのが埼玉県大宮市にある「サトエスポーツクラブ」。

元々、跳び箱を跳んだりするのは好きでしたが、体が硬くて基礎練習や柔軟も痛く、苦手だった子ども時代を送りました。

本当に体操の楽しさを知ったのは高校生の時。自分で考え練習し、得意種目もわかり始め、やりたい技を考えて練習するのが楽しくなってきました。

そして、高校2年の関東大会での内村航平選手との出会い。その後、様々な大会で出会うようになりました。

自然と仲良くなっていきましたが、一番のライバルでもあった、とその当時を振り返り山室選手は語っています。

今現在は、体操を通して刺激しあえる関係で、人間としても好きなところが多いとも内村選手について述べ、ライバルでありながらも良き友であることを語っています。


それにしてもスゴイ筋肉ですね!

ロンドン五輪での骨折

初のロンドン五輪舞台で骨折という大けがを負った山室選手。選手村に戻った後、チームメイトがそろうリビングで、申し訳なかった、と頭を下げました。

そして、このときに、この同じメンバーで、4年後は万全な状態で試合を終えて今回の借りを返す!と誓ったそうです。「4年後に、絶対に借りを返す」それを目標に目指しあれから4年。

ロンドン五輪直後は左足の手術を2度行いました。上半身に影響がなかったことで翌年2013年秋の世界選手権に、種目別つり輪に出て7位入賞を果たしましたが、これが身体に響いてしまい、昨年は上半身と下半身の筋力バランスが崩れてしまうという影響が出てしまいました。

調子が上がらず苦しんでいた昨年でしたが、今年に入り良い状態へと回復、そしてリオへの出場切符を獲得しました。

4年前の悲劇からはい上がった山室光史選手。ロンドン五輪で力を発揮しきれなかった悔しさを晴らすため、何が何でもしがみついてでもリオ五輪に行きたい、と話していた山室選手のリオ五輪での活躍に期待しています!